社寺にはそれぞれの歴史と特徴がある。
それをよく知った上で、心を尽くして木と向かい合ってこそはじめて、宮大工としての仕事ができる。
当社の創業者・金田鼎(かねた かなえ)は、祖父、父へと三代続く宮大工の家に生まれ育ち、鼎の父・石原幸吉は、松江城の修復、厳島神社の社務所新築や住吉大社の楼門新築など数々の貴重な社寺建築に携わっていました。
鼎はよく「宮大工の仕事は“修理”ではなく、“繕う”ことだ」と語っていました。その言葉には、木への敬意と、建築物に宿る歴史を丁寧に継承するという強い想いが込められていたように思います。
鼎にとって特に印象深い出来事として、出雲大社の拝殿新築工事に参加した若き日の体験がありました。20代の頃、延享元年(1744)に建てられた国宝・本殿にふさわしい拝殿を新築する現場で、千年の年輪を刻む見事な桧と出会ったそうです。年輪を重ねた木には、加工の際にも表情があり、まるで木と心が通い合うような感覚を味わったといいます。
「社寺には、それぞれの歴史と特徴がある。それをよく知った上で、心を尽くして木と向かい合ってこそはじめて、宮大工としての仕事ができる」——これは、父・幸吉から鼎が教えられ、そして今も私たちが守り続けている信条です。
図面には描かれない “宮大工の心魂”を、木と技の中に刻む。そうした伝統の技と精神を、私たちは現代に、そして次世代に確かに伝えてまいります。